2013年11月23日

”最高の出来栄え”

 最近見た印象的なダンスが2つ心に残っているので、書き留めておこうと思う。

 ひとつは、まぎれもなく最高の出来栄えを観客に披露した。鍛え上げられた身体に練習で完成させたムーブメント、力強いエネルギーに乗せて感情を増幅させた数分間。その緊張感は目を釘付けにさせる迫力を観客に強いて、心を掴んでしまうもの。それを男女2人が共にレベルの高みに居て尊重し合い共鳴すると、黄金のパートナーと呼ばれたりする。バレエ史ではマーゴット・フォンティーンとルドルフ・ヌレエフ、聞くところではシルヴィ・ギエムとローラン・イレールとか。
 私が見たのは、フィギュアスケートNHK杯アイスダンスでフリーを滑ったメリル・デービスとチャーリー・ホワイトのフリーの演技。テレビ録画だったのに、目が離せなかった。

 もう一方は、上野まで観にいったシルヴィ・ギエムとマッシモ・ムッル主演の「カルメン」。上演中、私には強いられる緊張感も感情を引っ張られることも起きなかった。48歳にして今だ怖いほど鍛え上げられたギエムの身体が、まるで近所を散歩するような気楽さで舞台上を動き、タバコを吸い(マッツ・エック振付の作品なので)、ホセと対峙し、死んでいった。この有名すぎるストーリーを気負いなくあっさりと、手際よく料理された気がした。
 ”最高の出来栄え”などとっくの昔に通り過ぎて、その先に居るのだろうギエムの踊りを、私は多少困惑しながら観たと思う。ギエムとムッルが舞台上に存在し、対峙し、死んだ。私はそれを遠巻きに眺める群集のひとりだった。それが天才とも化け物とも評されるギエムの、出来栄えなのかもしれないと思えた。